過去の法話

相手の立場になって

兵庫県 長命寺住職 西村英寿 老師

森山さん夫妻は、娘のお墓参りをすませて、とあるレストランに入りました。お昼をだいぶ過ぎた時間だったので、お店は、半分ほどの入りでした。夫妻は、窓側の席に腰を下ろし、どちらが言うともなしに「お子様ランチにしょうか。」ということになりました。

実は、夫妻は昨年の夏、5歳になったばかりの美保ちゃんを脳出血で亡くしたのでした。昼間、お友達と公園の砂場で遊んでいて急に倒れ、救急車で病院に運ばれた時には冷たくなっていました。何がどうなったのかもわからない、アッという間の出来事でした。
「炎天下に、そんなところで遊ばせるからだ」などと、周りから心ない非難を受け、一時は一緒に死のうかと思うぐらい悲しい体験をした夫妻でした。
「美保は、お子様ランチが好きだったなあ」と、二人とも同じことを考えていたのです。

おしぼりとお水を持ってきた、目元の涼しい若いウエートレスは、すこし困ったように、
「誠に申し訳ございませんが、当店では8歳未満のお方にしか、お子様ランチはお出しできません。」
と言いましたが、恥ずかしそうに当惑している夫妻を見て、
「何かご事情がおありですか。」
と、小声で問いかけました。夫妻が、
「亡くした子供の供養と思い出のために…」
と申しましたところ、
「上司と相談してまいりますので、しばらくお待ちくださいませ。」
と、丁寧にお辞儀をして店の奥に消えていきました。

しばらくして、先ほどのウエートレスが子供用の足掛けのついたイスを持ち、その上司らしい男性がワゴンを押して現れました。そのワゴンには、何とバナナやメロンやりんごやプリンがきれいに盛り付けられ、真中にはあのおなじみの旗が立てられたお子様ランチが、3人前のせられていました。

夫妻がなにか言おうとするのをさえぎって、上司らしい男性が申しました。
「このたびはお子様ランチをご注文いただきまして、誠にありがとうございす。お子様のお席も用意いたしましたので、どうぞお子様と共にごゆっくりお召し上がりくださいませ。尚、お子様の分は、当店のサービスでございます。ありがとうございました。」
ウエートレスが、夫妻の間に子供の座席をしつらえ、ランチを配置して、ニッコリとお辞儀をして去っていきました。

夫妻の目から思わず涙がこぼれ落ちました。娘を亡くした悲しみからいまだに立ち直れないでいるこの一見の客に、同じ目線の、あたたかい慈悲の心で包んでくださった経営者の思いやり。夫妻は、残された人生を、娘の分まで温かい心で生きようとねと誓い合ったのでした。

相手の立場に自分をおき、同じ目線で、人の痛みを自分の痛みととらえ、人の心をわが心として共に生きていく…このような生き方を仏教では、「同じ」という字と「事」という字を書いて「同事」と言います。道元禅師さまは、これこそ万物が調和して生きる最高の智恵だと述べられています。

2005/09/06