過去の法話

布施の心

兵庫県 琴松寺住職 平和宏昭 老師

今週は、「布施の心」をお話します。

布施とは、インドの言葉で「ダーナ」と申しますが、インドは、とても暑い国です。着る物も持たない人に一枚の布を差し上げたところから「布をしく」と漢字に当てはめたのでしょう。
その名残がサリーだと思います。一枚の布を体に巻きつけるインドの民族衣装です。今では、普段着から外出着までいろいろとありますが、基本的には結婚した女性が身につける大切な洋服です。

困っている人、苦しんでいる人、自分よりも大変な人に、少しでも自分の持っているものをお分けしましょうというのが布施です。

アメリカのジャーナリスト、ダネラ・メドウズが書かれた「地球に1000人の人が住む村の状況報告」というエッセイが、インターネットで世界中に伝わりました。それがかたちを変えて『世界がもし100人の村だったら』という本が話題になっています。

世界には63億人の人がいますが、もしもそれを100人の村に縮めますと、52人が女性、48人が男性という計算になるようです。
私が驚いたことは、75人の人は、食べ物もあり、雨露をしのぐところがありますが、後の25人は、食料も水も住まいもない難民です。世界の4分の1の人達が飢えと寒さで苦しんでいるのです。いま、私に出来ることといえば、衣類を送るとか、わずかな資金の援助しか出来ません。

夏休みに「子供禅の集い」が開催されました。
50人ほどの参加者を募って、坐禅を中心にした一泊の集いです。その夜、本堂を真っ暗にしておいて、キャンドルサービスを行いました。

輪になった子供たちに、一本ずつローソクを持たせます。そして、一人だけが明かりのついたローソクを持っています。お祈りをして、隣の子供に火をつけ、次々と点火していきます。50本のローソクに火がつきますと、真っ暗だった本堂は明るくなります。

この時、子供たちに、お話をしました。
「たった一本のローソクの明かりを、一人一人のお友達に施すことによって、真っ暗だった本堂がこんなに明るくなりました。このように小さな施しの輪が広がった時に世の中は明るくなるのです。」と。
布施をするには、「与える人」と「受ける人」とそれに「与える物」がなくてはなりません。このことを「三輪清浄」(三輪空寂)の施しと申します。
援助をしてあげるのではなくて、援助が出来る有難さが布施の心です。

2003/11/05