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曹洞宗とは 〜宗典・語録〜
宗典・語録 禅には「不立文字」という言葉があり、文字や理論に縛られず身心をもって修行しその体験により体得することが重要であると考えています。
ここでは、その中から代表的なものを紹介します。 1.正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)道元禅師が23年にわたり生涯をかけて説かれたもので、1231年8月に最初の巻である『弁道話』を著されました。最終巻は示寂の年1253年に完成した『八大人覚』の巻。
2.普勧坐禅儀(ふかんざぜんぎ)
道元禅師が中国から帰国してすぐに建仁寺にて著されたもので、坐禅に関する教えを示された書物。 格調高い四六駢儷体の漢文で、坐禅の基本的な仕方から、その本旨までが記されています。
道元禅師の開宗宣言ともいうべき書で、現在も坐禅中に読誦するなど、只管打坐をその旨とする宗門において重要な宗典です。
3.伝光録(でんこうろく)1300年、瑩山禅師が33歳のときに、加賀の大乗寺にて師の義介禅師に代わって説かれた説法を後に弟子たちがまとめた提唱録。 53人の祖師について、それぞれ本則、機縁、提唱、結びの頌(詩)をもってまとめてあります。
「正法眼蔵」にならぶ曹洞宗における重要な宗典と位置づけています。
4.坐禅用心記(ざぜんようじんき)瑩山禅師が永光寺にて書かれたといわれる、坐禅の心得を説いた指導書。
坐禅の意義から、参禅の時の呼吸や姿勢、眼の開き方、手の置き方など、さらには食事や衣服などの注意にもふれられ、細かく丁寧に示されています。
5.学道用心集(がくどうようじんしゅう)道元禅師が興聖寺を開かれた翌年1234年に示されました。全10章の漢文による書物。 修行僧の心得を述べたもので、「菩提心を起こす可き事」にはじまり、「直下承当の事」におわる。仏道修行にはげむ者の用心に不可欠な書です。
6.正法眼藏隨聞記(ずいもんき)孤雲懐奘禅師が道元禅師の教えを問答の形で書き記されたものです。懐奘禅師が聞かれた教えを記録されたものを、後に弟子たちがまとめ、写本として世に出しました。
カナ書きでわかりやすく教えが書かれているので、現在も参学の際にテキストとして使われることがしばしばです。また日々の修行の記録ですので、随処に当時の道元禅師や修行僧の日常の姿を知ることのできるエピソードがたくさん含まれています。
7.典座教訓(てんぞきょうくん)
道元禅師はそれまで日本で軽視されていた典座の職を高く評価し、重要視するべきだと考えられました。
喜びの心(喜心)・相手を思いやる心(老心)・動じない心(大心)の三心を、調理する者の心とし、素材そのものを生かす料理でなければならないと述べられています。
8.赴粥飯法(ふしゅくはんぽう)道元禅師が、修行としての食事のいただき方を示された書。 修行道場では朝は粥(しゅく)、昼は飯を食べることに決まっており、それら食事の際の作法についてひとつひとつ詳細にとりあげ説かれています。修行僧は応量器という器で食事をとりますが、そのならべ方(展鉢法)や洗い方(洗鉢法)などは、この赴粥飯法にしたがっています。
ただ空腹を満たすための食事ではなく、食事をすることそのものが仏道修行であり、法にかなったものでなければならないと示されています。
9.傘松道詠集(さんしょうどうえいしゅう)道元禅師の作とされる和歌や道歌を、後世になってまとめたもの。 ノーベル賞の授賞式にて川端康成氏が引用した 「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて 冷しかりけり」
10.修証義(しゅしょうぎ)1890年(明治23年)に『正法眼蔵』から言葉を選び、新たにまとめた宗典。 明治維新以後宗教界にも近代化をすすめる気運が高るなか、曹洞宗においても、時代に適した宗旨を宣揚しひろく在家の人々にもその教えを広めようとする動きが見られました。 そのような流れのなかで、曹洞宗扶宗会の大内青巒居士を中心に修証義が編纂されます。当初は『洞上在家修証義』として刊行されましたが、その内容のすばらしさから、当時の永平寺貫首滝谷啄宗禅師と總持寺貫首畔上楳仙禅師の校閲改訂が加えられ、正式に公布されました。
修証義は総序・懺悔滅罪・受戒入位・発願利生・行持報恩の5章からなり、仏道に生きるうえの心がまえや、具体的な実践方法までもがわかりやすく説かれています。
現在も、寺院における法事や法要などで日常的に読誦する宗典です。 |
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