えにし
奈良県 南陽寺住職 西垣慶峰 老師
「諸行無常」という言葉をご存知でしょうか。万物は移り変わるという意味です。この教えは言うまでもなく仏教を開かれましたお釈迦様のお教えです。しかも、仏教の第一に根本となるお教えであり、無常という観点も仏教思想の出発点といえるでしょう。
「何事もすべて変化の過程にあり、何一つとして恒久なものなどありません。だからといって、無常を第三者的客観的に論じるだけ、あるいは時の移ろいのはかなさを情緒的に嘆くだけでは、仏教とは程遠くなります。
諸行無常が絶対の真理である以上、その無常という真実は万物が変化を成し遂げる一瞬一瞬にこそ存在しています。刻々と時を刻みながら私たちは生きてるが、だからこそ、その刻々が何にも代えがたい貴重な時となります。それでは、その貴重な時をどのように過ごせばいいのでしょう。
「諸法無我」という教えがあります。どんなものも「かかわり」あって存在しているということです。
私たちの生命は、先祖や両親がいなくては生まれません。毎日の生活も、社会の多くの人や自然とのかかわりがあって成り立っています。他とのかかわりがなく、それだけで存在しているものを、仏教では「我」といいます。
そういう「我」など無いから「無我」というのですが、だからこそ、世の中すべて自分ひとりの思うようになりません。私たちは人間や動物、自然環境も含めた「他者」とともに生きていく必要があるのです。このことに思いをいたし、自分とすべてをうごかす無常と向き合い、他者と共に真剣に我がいのちの働きを生き抜いてみましょう。
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