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願いに生きる

滋賀県 青龍寺住職 桂川道雄 老師

 

  最近、「何をやってもつまらない、面白くない」という人が増えています。
「やりがい」を見出せない人々です。「やりがい」が無くなってしまって、無気力で無感動な人々です。
大人だけでなく、勉強に疲れ果てた子どもたちにも蔓延しています。

  もう一度、気力や感動を取り戻すためには何をしたら良いのでしょうか。
  努力と結果が直結していて、努力をするとその結果がすぐに現れると大変分かりやすいのですが、現実は反対のようです。
だから、ヤル気を失ってしまうようです。

  無気力、無感動のままであれば、私たち人間がロボットのようになってしまいます。人間は、ロボットになるために生まれてきたのでしょうか。
  逆に考えて、では、私たちは何のために生まれてきたのか。何のために生きているのでしょうか。

  お経の中にその答えを求めてみますと、修証議の一節に
「願生此娑婆国土し来たれり」
と示されています。
「願生」は、願いという字と生まれるという字を書きます。
願生、つまり、私たちは願いによってこの世に生まれてきたのだと、云われるのです。
  パチンコ玉のように、この子はこの家、あの子はあの家と、勝手に振り分けられた命ではないとういことです。仏の願い、両親の願い、自分自身の願い、多くの願いが積み重なって、この世に生まれることができたのです。自分自身が、この両親のもとに生まれたいと、願い続けた結果、この両親のもとに生まれたいと、願い続けた結果、この両親のもとに生まれることができたのだと、修証議では説かれています。 決して頼みもしないのに勝手に生んだのではありません。
  この尊い願いによって裏付けられた、私自身の使命感に気づかなければなりません。 他人には出来ない、私でしか出来ない勤めがあるはずです。

  「私たちは何のために生まれ、何のために生きているのだ」という問いかけに対する答えがこの願生によって命をいただいた使命感です。
この使命感に気づくとき、それぞれの道はおのずからと開けてくるのです。

  その使命感も分からない、願生に裏打ちされているこの命も分からないと、自分自身を顧みて云われる人もいるでしょう。 それは当然です。
  ロボットのように無感動で、一つの仕事をしても無気力な毎日を過ごしていては、その感動は手に入りません。
  坐禅をするときのように、一度心を落ち着けて、忙しく飛び回っている自分の心を取り戻さなければなりません。
  時間が、過去から現在を通過して未来に続いているのように、私たちの命は、過去世から現在世を通過して、未来世に続いているのです。

  自分自身の願いによって、いただいた命、使命感を忘れず大事に毎日を過ごしたいものです。


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