I.いまなぜ葬祭か
(1)宗教―社会現象として、無宗教葬・自由葬・友人葬・簡略葬などが生じている。
(2)こうした現象は伝統的な仏教文化=葬祭仏教の地殻変動か。
(3)各教団の葬祭問題研究が活発化。曹洞宗総合研究センターの葬祭問題研究もその一環。
※『葬祭一現代的意義と課題』(仮題)の刊行計画。
II.日本仏教と葬祭
(1)仏教が日本社会に伝播・定着する過程において、一般の人びとが仏教に求めたのは、
治病・招福・葬祭であり、歴史的には15世紀頃から、仏教的葬祭が人びとの通過
儀礼の最終段階として生活・慣行化され、現代にいたる(圭室諦成『葬式仏教』)。
(2)その基盤には、人は死後も存続し、時問をかけて祖先化し、一族の守護神となると
いう、日本人の民俗信仰と、僧の行力・法カヘの信頼があったようだ。
また人びとは「この世は神道で、あの世は仏教で」のように、人生儀礼を二分化
して捉えることを習俗化した。
V.仏教と民俗
(1)僧たちは各宗の宗旨の教えるところと、現場の葬祭との狭間に立って苦慮し、葬祭
から宗旨(あの世への関心から教義への関心)へと、人びとを導くべく努力してき
た形跡がある(『曹洞宗報』明治期)。
(2)しかし、特別の人を除くと、多数者は僧に葬祭以外の行為を求めようとはしなかっ
た(『宗教集団の明日への課題』)。
(3)宗旨・教義にこだわると、人びとは僧を頼らなくなるという例もある(『中外日報・
「悩める住職」2001.11.22』)。その背景に民俗宗教の根強さがある。
W.日本人の死生観
(1)日本人の死生観には、
(a)肉体的生命の存続希求、
(b)死後の生命の永続への信、
(c)自已生命をそれに代わる限りなき生命に託するもの、
(d)現実の生活の中に、
永遠の生命を見出そうとするもの、
の四つがあるとされる(岸本英夫「生死観四諦」)。
(2)多分、人びとはこの四つの死生観のいずれにも重層的に関わるであろう。現実の問
題としては、(b)から(d)への方向づけが重要である。
V.民俗から宗旨への道
(1)いま葬祭問題を考えるにあたり、僧も人びとも生死(人生)をいかに捉え、いかに
対処するかの問題が突きつけられている。
(2)仏教の縁起(生死を貫く全体的関係性)の法による死生観を明確に、かつ分かりや
すく訴えることの必要性が高まっている。同時に一神教的信仰対象を持たない人に
とって、「ほとけ=先祖」という存在は帰依の対象としてなお重要である。
(3)『正法眼蔵』には、(1)この世の生活における仏の実現、(2)生生世世にわたる
積功累徳による菩提の成就、(3)あの世に生まれ釈尊の説法を聞ける、などいろい
ろな教えがある(「現成公案」「帰依三宝「道心」)。これらを分かりやすく体系化し、
民俗→宗旨の方向づけを探るべきである。
(4)葬祭は日本仏教文化の特性をもっともよく具えた宗教形態であり、その構造と機能
の再検討はきわめて重要である。総研のこれまでの討議においても、この方向での
さまざまな見解が出されている。