両親の実家がともに曹洞宗であり、幼いころから道元禅師の話を聞いたり、祖父母に手を引かれ、鶴見の総持寺の門をくぐったりしていた。
このように、道元禅師の教えは、物心つく前から馴染みがあったが、より私の心身に深く響くようになったのは、実は大人になって家を出て、自ら台所仕事を預かるようになってからだ。
とはいえ、最初は、仕事と家庭との両立の忙しさを理由に、ずいぶんと食をおろそかにしていた。閉店間際のスーパーに駆け込み、出来合いの惣菜を買ったり、コンビニのおにぎりやパンなどですます事も多かった。
ところが、一年ほどたった頃から、理由も分からぬだるさが続き、ある真夏のある日にぐったりと寝込んでしまった。昼過ぎに水分を求めてフラフラと起き上がると、たまたま台所にキュウリがあった。私は無意識のうちにそれを手に取り、さっと水で洗い、そのままがぶりとかじった。
その瞬間、言葉にはし難いが、私の体の中に、何かがぴんと響くような感じがした。忘れていたものが、はっと目覚めるような感覚だった。そして、その後、不思議と体力が回復していった。
キュウリの、青みのある香りとみずみずしさが、私の命を救ってくれたのだ。まさに、たった一本のキュウリが、おざなりにしていた「自分の体」というものをちゃんと省みるよう、教えてくれた気がした。そして、私はその日から、その季節に最もおいしい旬の野菜を買うようにし、それを中心に食事を作っていくようになった。